『コラム』
- ラグプラスノース
- 2022/08/07
細胞のゴミ掃除(高地トレーニングの効果)
前回はミトコンドリアは細胞の発電所(高地トレーニングの効果)として高地トレーニングの第一人者の京都府立医科大学 人工臓器・心臓移植再生医学 五條理志教授にお話をお伺いしました。
今回も五條教授にわかりやすく高地トレーニングを紐解いていただきましょう。
ポイント
- 細胞は休むことなくスクラップ・アンド・ビルドを行なっている。
- 細胞内で生じる品質の悪いもの(タンパク質や小器官)は、適切に消化されますが、その最も重要な方法がオートファジーです。
- 不良ミトコンドリアは、活性酸素を過剰に産生し、炎症を誘導し、ひいては細胞死をももたらす最も有害な細胞のゴミである。
- 不良ミトコンドリアを消去することはミトファジーと呼ばれている。
- 運動・低酸素・飢餓・高温・低温はオートファジーを誘導することで、細胞内を掃除し、高い質の小器官を保持し、健常な細胞機能を保持させる。
不良なタンパク質ゴミ
細胞は、その生存を維持するために、迅速に莫大な量のタンパク質を産生しています。
タンパク質生成には多大なエネルギー消費が必要でありますが、僅かな量であっても生存に必須であるならそれを確実に担保するために、品質はさて置き無駄を承知でと思われるくらいの量を産生し、そして消費しています。
細胞の中でのそんな活発な活動は、当然、たくさんの不良なタンパク質ゴミを生み出します。
使われなくなったタンパク質を無駄なく再利用できなければ、激しい進化の生存競争を生き残ることはできませんでした。
細胞には使われなくなったタンパク質の再利用のために、幾重にも及ぶ精緻な仕組みが備わっています。
まずは、シャペロン分子という巧妙なタンパク質が異常タンパク質を修復します。それでも賄い切れないと、タンパク質を分解するプロテオソームと呼ばれるタンパク質分解装置の出番がやってきます。
しかし、細胞には様々なストレスに晒されることで、この処理施設の能力を上回る事態が起きます。
その時には、細胞内には様々な小器官が存在しますが、その膜が細胞内で不要になったものや品質が劣化したものを包み込むために使用されます。
次に、その袋状の構造体に、消化酵素を内包するライソゾームという小器官が融合することで、不良タンパク質は再利用可能なアミノ酸にまで消化されます。
この仕組みをオートファジーと呼びます。
オートファジーとは
オートファジーは、タンパク質に限らず細胞内小器官であるミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、さらには核さえも処理され、侵入してきた細菌などもその対象としています。
このオートファジーは、細胞のゴミ処理工場の機能を担っている細胞内小器官のライソゾームが中心的な役割を果たしていますが、コントロールはミトコンドリアの役割です。
ライソゾームは一重の膜に仕切られ、内部は強い酸性で、体のタンパク質の如何なるものも消化できる幾種類ものタンパク質分解酵素を内包しています。
この酸性の度合いは、ミトコンドリアが供給するエネルギーによって左右されており、ミトコンドリアはゴミ処理の司令塔の役割を果たしています。
ミトファジーとは
一方、異常タンパク質と同様にミトコンドリア自体にも消耗・劣化という変化が、環境からの温度・酸素・栄養のストレスや生物の加齢、加えて細菌・ウイルスなどの外敵などによって引き起こされます。
不良ミトコンドリアはその品質劣化の印をその表面に表出し、オートファジーを誘導します。
このようにミトコンドリアを対象とするオートファジーをミトファジーと呼びます。
ミトコンドリアが不良化した時に厄介なのは、エネルギーを産生しているミトコンドリアが不良化すると、細胞内のタンパク質、脂質、核酸などを劣化させる活性酸素がオーバーシュートして産生され、加えて、ミトコンドリアそのものを維持するためにエネルギーを消費してしまう利己的な存在になってしまうことです。
こうなると、単に細胞内の大きなゴミである以上に、エネルギーを浪費する働かない害悪を撒き散らす存在に成り果てます。
僅かなミトコンドリアの不良化を感知して、これらを取り除かないと、悪循環に陥ってから介入を試みてもその根本を正常化させることは至難となります。
この状態が様々な病気の基礎に存在していると考えられており、200万人以上が罹患していると言われる神経変性疾患であるアルツハイマー病、10万人以上に及ぶパーキンソン病は、その最たるものであります。
逆に言えば、オートファジーが、適切な外部環境ストレスで活性化して、体全体の健康を維持させていると言えます。
生命が生まれ今に至るまで、食料を確保するために走り回り、飢餓や渇きに曝され、暑さ寒さに耐え、四六時中寄生虫や細菌やウイルスからの攻撃に立ち向かっていた時間の長さの中で、生き延びるために獲得したオートファジーという機構は、飽食の時代にあって、スイッチが入りづらくなっているのかもしれません。
もちろん、遺伝的な異常がこのオートファジーを阻害していることも解明され始めていますが、ノーベル賞を獲られた大隈先生が解明されたオートファジーは、その仕組みの解明が進み続けているが、いまだにそれを応用した薬剤開発には至っていません。
運動は、個体レベルでオートファジーのスイッチを効率よくオンにすることができることが、明確に示されていおり、万人が行うシステムが作出できれば、それは超高齢社会への大きな処方箋になると考えられます。