『コラム』
- ラグプラスノース
- 2022/08/06
ミトコンドリアは細胞の発電所(高地トレーニングの効果)
前回は高地トレーニングの可能性として高地トレーニングの第一人者の京都府立医科大学 人工臓器・心臓移植再生医学 五條理志教授にお話をお伺いしました。
今回も五條教授にわかりやすく高地トレーニングを紐解いていただきましょう。
細胞の中に存在する小さな構造体
ミトコンドリア。細胞の中には様々な機能に特化した小さな構造体がたくさんあります。
その中で、たったひとつ遺伝情報を有するものがミトコンドリアであります。
太古の昔、遺伝情報を隔離するための膜を持たない原核細胞であった古細 菌に、酸素を使ってエネルギーを効率的に作りうる細菌が入り込んで、共生し進化したのが、現在我々の身体を構成している核膜を持つ真核細胞と言われています。
生きる、ただじっと座っているときですら、人は大量のエネルギーを消費しています。
単位重量あたりにすれば、太陽の10,000倍のエネルギーを生産し消費して いる計算になります。
生命は膜による区分けから始まったと言われていて、今もって、空間を 仕切るということに、命は膨大なエネルギーを必要としています。
細胞には様々な膜があり、全体を包み込む細胞膜、遺伝情報を包み込む核膜、機能特化した様々な細胞内小器官も特異な膜で仕切られています。
これらの膜には、様々な物質を通過させるための輸送体、外界とコミュニケートするための非常にたくさんの受容体が、所狭しと詰め込まれています。
これらの膜を維持するエネルギーの多くを賄っているのがミトコンドリアであります。
この小器官自身、他には見られない際立った特徴を有する二重の膜によって構成されています。
食べた栄養分が、消化されミトコンドリアに取り込まれ酸化されてエネルギーが取り出されるという一連の過程は、酵素を触媒とする試験管で再現できる化学反応ではなく、この膜とそこに埋め込まれたナノスケールの精緻な仕組みによってなされています。
ミトコンドリアの内膜の内側
マトリックスで、栄養素は少しずつ酸化されていきますが、持っていた電子は内膜に埋め込まれた装置の中を、バケツリレーのように酸化還元電位(物質が電子を欲しがる強さの度合い)の低い物質に次々と引き渡されていってしまいます。
栄養素は、最終的に電子を奪われ続けて二酸化炭素にされてしまいますが、電子のバケツリレーはマトリックス側から内膜と外膜に挟まれた空間:間膜腔に水素イオンを汲み上げます。
こうして作り出された電気化学的勾配(この電気的勾配は、厚さ6nmの膜を挟んで150~200mVの電位差を生じていて、電場の強さ30,000,000V/mとなり稲妻の電位差を上回るほどである)は、水力発電所のダムが水を放出する時に発電する仕組みと似た形で、水素イオンが特別なナノマシンを通して再びマトリックスに流れ込んでくることを利用して、生物のエネルギー通貨であるATPを作り出します。
この膜の品質が悪くなれば、小さい水素イオンの漏れ込みが起こって大きな問題を引き起こすのは想像に難くないです。
低酸素での運動
さて、ここで運動と本題の低酸素であります。
運動は細胞内のATPを消費して、もっとエネルギーが必要だというシグナルをいくつもの経路で発信します。
その1つが、ミトコンドリアDNAの複製促進、膜面積・容量の増加を引き起こすシグナルが即時的に発せられます。
また、低酸素に暴露されると、水素イオン汲み出しナノマシンの一部が、電子引き渡し・水素イオン汲み上げをより効率よく行えるタイプへと変換することが解っています(Cox4-1からCox4-2へ)2。
そして、この効果は数ヶ月持続します。
生物は、生存に不利な環境に暴露された進化の歴史を遺伝子に刻み込んでい て、低酸素というエネルギー産生に不利な環境で、効率良くエネルギーを抽出する仕組みを備えています。
少し専門的な内容になりましたが、以上のことより低酸素下での運動は、ミトコンドリアの質・量ともに改善するものであると言えます。