『コラム』
- ラグプラスノース
- 2022/10/28
飢餓への備えは万全(高地トレーニングの効果)
前回は敵であり友でもある活性酸素(ROS)の指揮者(高地トレーニングの効果)として高地トレーニングの第一人者の京都府立医科大学 人工臓器・心臓移植再生医学 五條理志教授にお話をお伺いしました。
今回も五條教授にわかりやすく高地トレーニングを紐解いていただきましょう。
ポイント
- 細胞は栄養のセンシング機構を持っている
- 飢餓に際し、細胞はこの機構からシグナルを得て、オートファジーを促し、ミトコンドリア生合成の材料を得、生き残るエネルギーを確保する
- もう一つ、細胞は、構成成分の合成を停止し、幹細胞を維持し、様々な細胞への分化と増殖にブレーキをかけ、個体の成長を止める。
- カロリー制限は、適切に栄養センシング機構を刺激することで、寿命延長をもたらすことが科学的に証明された唯一の方法である
- 糖尿病・自己免疫疾患・癌の治療への効用が、学術誌で検証されたカロリー制限方法を紹介
栄養のセンシング機構
栄養を感知するセンサーの話から始めましょう。
脂肪酸は細胞膜にコレステロールは細胞内の小器官である小胞体膜にセンサーを持ち、糖は細胞膜に細胞内外の濃度差を駆動力にするチャンネルを持っています。
アミノ酸は細胞内でのタンパク質翻訳において、アミノ酸を運ぶ役割をする分子がそのセンサーとして働いています。
脂肪酸センシングは腸から糖取り込み促進作用のあるホルモンを分泌させ、同時に脂肪酸の取り込み促進をもたらします。
糖のセンシングは膵臓からインスリンを分泌させ糖の取り込みを促進します。
アミノ酸のセンシングは成長を司るタンパク質複合体に収束します。この分子の活性化は、細胞を増殖に向かわせます。
このように細胞は、外界にある栄養を感知し、貪欲にそれを取り込み、より大きく、より多くの子孫を作るように設計されているように見えるのです。
長い進化の中で食べ物が足りないこと、それを探し回ることこそが生物のデフォルトでありました。生物にとって、栄養の枯渇である飢餓をどう切り抜けるか、それこそが大きな問題でありました。
生物は生き延びるために大きなストレスに晒されながら、より強固でかつより柔軟な仕組みを作り上げてきました。
飢餓において、細胞は基礎代謝を賄うことすらできない状況を乗り越えるために、エネルギー産生プラントとしてのミトコンドリアを増産しなければなりません。 そのために材料となるアミノ酸・脂肪酸・コレステロールを獲得する仕組みを発達させてきました。
それが、細胞内の掃除係であるオートファジーの大きな役割であります。
オートファジーの大きな役割
オートファジーの活性化で質が少しでも落ちた様々な細胞内小器官・タンパク質が分解され、アミノ酸・脂肪酸・コレステロールという素材がリサイクルのために細胞質に提供されます。
アミノ酸が十分な時にはアミノ酸センシング機構からのシグナルがオートファジーを抑制し、外界にある十分なアミノ酸を利用してタンパク質合成を促進します。
一方、アミノ酸が欠乏すると、オートファジーを刺激し、細胞内の大掃除が行われることになります。飢餓に際して、こうして素材が確保されれば、ミトコンドリア増産が可能となります。
加えて、細胞は休止期に入る仕組みを獲得しています。これは、成長に繋がるあらゆる生命現象:タンパク質合成・脂肪酸合成・コレステロール合成・核酸合成を停止することで、じっと静かに耐え、時の来るのを待つという戦略であるのです。
カロリーの制限が糖尿病・自己免疫疾患・癌の治療にも効果がある
飢餓への対応策として進化してきたこの仕組みは、近年、長寿との関連で俄然注目されるようになりました。 センシング機構を正にも負にも動かす様々な化合物が見つけられたことが、大きなきっかけでもありましたが、いずれも寿命延長を確実にもたらすことはありませんでした。ただ一つ、化合物ではなくこのセンシング機構を刺激するカロリー制限というシンプルな介入方法を除いては。
そして、このカロリー制限は寿命延長のみならず糖尿病・自己免疫疾患・癌の治療に有用であることが確立されています。
以下が、そのレジメです。
このレジメは緩やかであるが、その効果は際立っています。その背景には、生物学的ストレスの間欠性というものが、大きな意味合いを持っている可能性を示しているのです。
Day 1: ~1090 キロカロリー(タンパク:10%, 脂肪: 56%, 炭水化物: 34%)
Day 2-5: ~725 キロカロリー (タンパク:9%, 脂肪: 44%, 炭水化物: 47%)
Day 6-31: 制限なし。
これを1クールで3クール:3ヶ月
1カ月の間5日間だけ、1日の摂取カロリーを1日目は1090キロカロリー、2~5日目は725キロカロリーに抑えるというレジメは、実施するためのハードルとしてはそれほど高くはない現実的なものではないでしょうか?
この方法で、疾患を治療できるという意味ではありませんが、細胞の恒常性維持には極めて高い効果を有していることが示されています。