『コラム』
- Citta
- 2023/02/17
予防として、治療としてのフィットネス
前回は間欠的低酸素トレーニングと睡眠時無呼吸症候群との根本的な違い(高地トレーニングの効果)として高地トレーニングの第一人者の京都府立医科大学 人工臓器・心臓移植再生医学 五條理志教授にお話をお伺いしました。
今回は、病気の予防や治療の効果が期待されている”フィットネス(運動)”について、現在見えてきたもの、これからの可能性をお話しいただきました。
様々な病気に対する運動の予防効果や病態の進行抑制が報告されています。
フィットネス業界では、薬としてのフィットネスというような捉えられ方で、大きな社会問題化している生活習慣病・認知障害・運動機能障害などに介入できるのではないと期待されているのです。
一方で、医療サイドの運動療法への取り組みは、極めて疎かにされてきた状況があります。
少数の積極的な方々が熱心に取り組まれている以外は、一般の忙しい大多数の実臨床医においては、“運動しましょうね”以上の具体的かつ科学的な指導プログラムと言えるようなものを、患者さんに提供できていません。
高血圧・脂質異常症・糖尿病などの治療ガイドラインには、運動療法という言葉は必ず登場するが、薬を処方するというような、具体的なシステムが存在していません。
多くの病気を患っている多くの患者さんにとっては、運動の効用はぼんやりとは分かっていても、第一歩を踏み出せず、踏み出せたとしても継続するためのモチベーションを維持するのが困難というのが現状です。
医療サイドには、運動の効用を明確に科学的に証明し、費用対効果の算出をして、診療保険点数に落とし込む責務がありますが、運動療法がそこに至るにはまだまだ時間がかかりそうと感じています。
科学的なエビデンスという意味で、まだ、こんな程度かと落胆されるかもしれませんが、よちよち歩きの運動の病気への効用の現在を見ていきましょう。
まずは、認知症から。
既に発症したアルツハイマー病患者に対してAerobic(エアロビクス), Strength(筋力トレーニング), Flexibility(柔軟), Balance exercise(バランスエクササイズ)のいずれによらず、運動の介入で認知機能、運動機能、神経精神症状、生活の質に対して、強くはないものの有意なインパクトを与えることが、複数の臨床試験を統合した解析から明らかとなっています1。
高血圧に対しては、Strength exercise(筋力トレーニング)の効用を複数の臨床試験から最適なプロトコールを導こうとした研究が報告されています。
強度は1 repetition maximum (1回の最大実施可能負荷)の60%以上で、週に2回以上、2か月続けることで降圧効果は顕著であると報告されています2。
個人の属性や併存病変によりまだまだ層別化される必要があると思われますが、具体的なプロトコールにまで落とし込む研究が始められたことは喜ばしいことです。
糖尿病に対しては、運動の種類及び指導の有無を検討対象とした、複数の臨床試験を統合した結果が報告されています。
図は、空腹時血糖とHbA1cの改善を指標とした時の関連を視覚的に示したもので、指導下でのaerobic exercise(エアロビクスエクササイズ)が最も良好な効用があることが確認されました3。
患者数の多い疾患に対して、臨床試験が組まれるようになり、それぞれの試験の偏りを排除するための統合検討の結果が出始めています。
これらの結果が充実し、そのインパクトが明らかになるにつれ、定義されたプロトコールに保険診療点数がつくことが最も望ましいですが、まだ道は始まったばかりでそのゴールは遥か彼方にあるように思えます。
今あるこのようなエビデンスから、先駆的な取り組みとして、フィットネス業界が積極的に未病対策というコンセプトの下、フィットネスを更に普及させることは、日本だけでなく世界が直面する超高齢化社会に対して、莫大な費用が投じられている新薬開発にも劣らない極めて価値の高い事業であると考えます。
【参考文献】
次回はどんなお話しを聞けるのでしょうか。お楽しみに。